月の夜。

御室を訪れた泰明を、永泉は喜んで迎え入れた。

 

泰明の訪れは、いつも突然で。前もって文でも下されば、もっとおもてなしができるのに、と永泉はいつも思うのだけれど、恋人は、「お前がいればよい」と言って、いまだに文をくれたことがない。

「あの、泰明殿、喉は渇いておられませんか？白湯か・・・般若湯など、いかがですか？」

だから永泉は、泰明のために白湯を入れることを覚え、般若湯を入れることを覚え・・・閨を整えることも、覚えたのだ。

だって、突然現れる恋人を喜ばせたいから。

「ああ、酒をもらう」

以前ならば、即、永泉を押し倒していた泰明も、永泉のそんな心を知ってからはそれに付き合うことにしている。

抱き合うだけではわからない、永泉の可愛らしい仕草をたくさん見られるから。

 

高価な清酒を、なみなみと杯に注ぐ。そのぎこちない手つきが、また可愛い。

「お前は飲まないのか」

「はい・・・私は僧ですし。それに・・・・」

「それに、何だ」

言いよどめば、すかさず突っ込まれる。それをわかっていて口を滑らせた永泉に、泰明は容赦をしない。

「あの、・・・その、私、あまりお酒には強くないのです。その・・・以前、宴で粗相をいたしまして・・・・・」

「何をしたのだ」

更なる追及に、永泉は頬を赤らめて、しかし答えないという選択肢は端から持たずに、小さな小さな声で答えたのだった。

「あの、私・・・兄上に、その、抱きついてしまって・・・それで、あの、せ、接吻を・・・・」

ぴきり。

泰明の表情が、無表情のまま凍った。

「あ、あの、でも、頬にだそうです！友雅殿もそう言っておりましたし。あの、私、覚えていないのですけれど・・・・」

大慌てで言い訳をする永泉に、泰明はぐい、と杯を突き出した。

「飲め」

「泰明殿、ですから・・・」

「飲めと言っている」

「だ・・・だめですっ」

「口答えするな」

「本当に、だめなんです・・・・っ」

その夜、とうとうそれを拒否しきった永泉は、代わりに泰明に散々泣かされてしまったのだった。

 

 

 

翌日。

永泉を休ませ、一人で神子のもとを訪れた泰明は、友雅を探した。

「てめえ、余裕こいてんじゃねえぞ！」

「そう言われてもね・・・ああ、泰明殿、神子殿は先ほど朱雀の二人と出かけてしまったよ」

見つけた友雅は、天真と一緒だった。

一方的な言い争いはいつものことで、益はないが害もない。

「そうか」

「そうかじゃねえぞ泰明っ」

天真は勢いを殺がれたらしく、なにやらぶつぶつ言っているが、泰明は気にしない。

「友雅、聞きたい事がある」

「何かな。桔梗の君に頼られるとは、私も捨てたものではないね」

「コイツに何聞くってんだよ」

艶やかに笑う友雅に、天真がまぜっかえす。

「永泉のことだ」

またか・・・

二人は、先ほどの険悪な雰囲気も忘れて顔を見合わせた。

永泉、永泉、永泉、神子、永泉、神子、永泉、永泉・・・・

口を開けばそればかりの泰明に、天真はうんざりといったふうに言った。

「おめーはそればっかりだな」

「お前に用はない」

しかし泰明はそれを一刀両断し、友雅に向き直る。

「永泉が、以前宴で酒に酔い、兄に抱きついて接吻したと言っていた。本当か」

ここは、朝の光の満ちる、左大臣邸の庭である。

「昼日中っからソレかよお前・・・」

「天真には用はないと言っている」

泰明、非道。

「うーん、そうだねえ」

しかしさすがの友雅は、動じもせずにのんびりと答えた。

「たしかそんなこともあったね。宴といっても、内々のものだったし、接吻といっても頬にだから、気にしないほうがいい。・・・でも、そうだね、帝にすがって、舌っ足らずに話す永泉様はかわいかったねえ」

何故そこで煽る友雅。

天真は青くなったが、友雅は、

「でも、泰明殿、ここで大人気ない報復なんて考えてはいけないよ。永泉様が悲しむからね」

としっかり釘もさす。

「報復・・・」

呟いた天真はまたも置き去り。

「そうか、わかった。・・・・・友雅、酔った永泉は、可愛かったのか？」

頭の回転が速い上、お子様な泰明は興味の移りも早い。

「それはもう」

言った友雅を、じっと見る。

「見たいのかい？泰明殿」

「見たい。しかし、あれは酒を嫌がる」

至極まじめに考え込んだ泰明に、忘れ去られていた天真があっけらかんと言った。

「なら、ジュースみたいなカクテルならどうだ？あいつニブいから気がつかないだろ」

「じゅうす・・・かくてる？」

知らない言葉に興味を持って、首を傾げるお子様。

「それは一体どういうものだ」

かくして、泰明の野望（大げさ）は、動き出したのだった。

 

 

 

 

少し欠けた、月の夜。

永泉は、泰明の屋敷へ招かれた。

泰明が、永泉の部屋へ行くことはよくあることだが、永泉が泰明の部屋へ行くことはあまりない。

無駄なく片付けられた部屋へ通され、幸せいっぱいの永泉に、「少し待っていろ」とだけ声をかけ、泰明は厨へ足を運ぶ。

そうして、再び現れた泰明は、ひとつの椀を手にしていた。

「飲め」

勧めるというよりは、脅すように言われ、永泉は恐る恐るそれを覗き込んだ。

淡雪を溶かしたような、少しの白が混じる液体に、氷がいくつか浮かんでいる。その氷に絡むように黄色い螺旋。そして赤い花びらが浮かび、黒塗りの椀によく映える。

遅れて香った柚子の香に、その黄色いものが柚子の皮であると知れた。

「これは・・・何ですか？」

とても綺麗なものだけれど。

これは何？

「『かくてる』だ。神子の世界の飲み物を真似て作った。美味いぞ」

思いがけぬもてなしに、永泉は嬉しそうに笑う。

「はい・・・いただきます」

この笑顔のためだけにでも、これを作った甲斐があったというものだ。

でも、もちろんそれだけでは済まないのだけれど。

「どうだ」

「はい、美味しいです。柚子の香がさわやかで・・・少し甘くて」

「そうか」

ゆっくりと、椀を口に運ぶ永泉。

泰明は、永泉が何かを食べたり飲んだりするさまを見るのが大好きだ。

可愛くて可愛くて・・・永泉の方を、食べてしまいたくなる。

楽しくそれを眺めていると、向かいに座っていた永泉が、するりと隣に擦り寄ってきた。

「やすあきどの、やすあきどのも、おのみになりますか？」

既に口調が怪しい。

「ああ」

答えると、永泉は両手で大事に持った椀を、泰明の口元へ持ってくる。

既に味見は済ませてあるが、永泉に飲ませてもらうのは格別だった。

「美味いな」

「はい」

にっこーーーっと、永泉。

「やすあきどの、やすあきどの」

すりすりと、泰明の肩に擦り寄って。

「やすあきどの、だーいすきぃ・・・・・・」

なるほど、これは可愛い。

「私もだ、永泉」

にこにこ。

ご機嫌に笑う永泉は、次に、大切そうにそっと、飲み干したの椀を床に置いた。

どうするのだろうと、注意深く見守った泰明は、その直後にはいっぱいに腕を広げた永泉に抱きつかれ、口付けを受けていた。

いつも慎ましい永泉からは、想像もできないほど情熱的な接吻。

柔らかな舌が泰明の唇をなぞり、そっと忍び込んでくる。

すぐに泰明の舌を見つけ出し、絡め、甘く鼻を鳴らして。

こんな口付けを、頬とはいえあの男も受けたのか。

そう思うと腹が立ちかけたが、腕の中でごろごろ甘える永泉に免じて許してやることにする。

今の泰明は寛大だった。

「・・・・きどのぉ・・・」

口付けをほどいた永泉の手が、泰明の狩衣の衿を落とし、単の合わせにかかる。

しなやかな指が、衿を割って胸に触れ、無邪気に艶かしく這い回る。

「あったかーい・・・」

泰明の顎の下へ、ぐいぐいと頭を突っ込み、喉もとにちゅっ、と吸い付いて、永泉はくすくすと笑う。

「だいすき・・・・」

そこで、泰明の理性がブッチギレた。

 

 

え？え？という顔をした永泉を、自分の体から引き剥がし、ひょい、と床に横たえる。

「やぁーん・・・やぁ」

離れたぬくもりに上がった抗議を、口付けで塞いで。

慣れた手つきで、あっという間に衣を剥いでしまう。

白い肌が、酒気でうっすらと桜色に染まっている。

まるで最中のようなその色に、泰明はたまらなく欲情した。

んーんーといっていた永泉は、泰明に抱きしめられるとあっさり大人しくなったが、すぐにまた泰明の、まとったままの単を引っ張りだした。

「やすあきどのも、着てるの、だめぇ・・・」

「わかった」

言葉はめちゃくちゃだが、泰明が単を着たままなのが不満なのはわかった。

手早く自分も衣を脱ぎ、再び永泉の体に取り掛かる。

上気した肌は、いつも以上に暖かくて感じやすくなっていた。脇に指を滑らせただけで、永泉は身をのたうたせて感じている。

つん、と立ち上がっている、胸の飾りをちゅっと吸えば、

「や、ああん」

と、甘い声を上げた。

脚の間のものは既に勃っていて、ぴくぴくと可愛らしく震えている。

「気持ちいいのか？」

わかりきったことを聞くのは、そうすると永泉が更に感じやすくなることを知っているからだ。

「はい・・・はい・・・・んんっ」

めったに肯定しない永泉が、珍しく首をたてに振った。

よほど我を忘れているらしい。

「そうか」

ならば、と、体中に口付けながら、勃ち上がったものにも触れてやる。

「や、ああああああん」

びくんと体が跳ねて、それはあっという間に弾けてしまった。

「・・・きどの・・・やすあ・・・きどのぉ」

なおも腰をうねらせてねだる永泉に、思わず笑みをこぼしつつ、欲しがっているものを与えてやった。

「あんっ・・・」

飲んでしまった酒精のせいか、そこはもう柔らかく蕩け始めていて、泰明の指は、そこにしっくりと納まる。

ゆっくりと抜き差しすれば、熱い粘膜が絡みついて泰明を誘った。

二本、三本と指を増やしてもそれは同様で、もっと欲しいとでもいうように、細い腰が淫らに揺れた。

欲しいのは、泰明も同じ。

細く、頼りない体に自分のそれを重ねて。

「あああんっ・・・」

愛しいひとと、混じり合う幸福。

混じり合った、柚子と酒の香を永泉の吐息に感じ、泰明はそれを奪い取りながら、いっそうの混濁に互いを引きずり込んでいった。

 

 

 

 

翌朝。

「あの、あの、・・・泰明殿・・・・・」

しっかり寝坊した永泉は、何かとても困ったような、慌てたような顔をして泰明に言った。

「昨夜は、あの・・・・」

「ああ、よかったな。またああいうふうにしてくれ」

かああああああっ、と赤くなった永泉は、たぶん、いや、絶対に、あのとき飲まされたものが何だったかわかっていない。

「でも、私、わたくし・・・っ」

おろおろと困り果てる永泉を楽しく眺め、泰明は転がっていた黒い椀を拾い上げた。

「永泉」

「はっ、はいっ」

永泉の声は裏返っている。

「お前は、可愛いな」

にこりと笑った泰明に、ぽうっと見とれてしまった永泉は、その後すぐに抱き寄せられて。
昨日の夜のことなど、どうでもよくなってしまったのだった。